ドキュメンタリー映画「無名の人」 −石井筆子の生涯−   


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西大村中学校

 【2年生】
 
● 「無名の人」を観て感じたこと、大村に生まれてあまり名前も知られていない知的障害者の人たちの
  教育のための学校を建てた石井筆子さんは若い頃は上流階級のあまり不自由しない生活をして
  いた。けれど、自分から裕福な環境を捨て、自ら苦労するであろう福祉の仕事についた。
  自分だったらというか普通の人であったら自分からいばらの道には入らないと思うけど、筆子さんは
  自分の子供と主人の事もあり、死去するまでずっと知的障害者と向かい合った。
  途中火事で6人の死者を出した事件もあり、そのことでお金のことに頭を抱えて苦労の連続であった
  人生だったと思う。
  でも、すばらしい人には違いない。自分より他人を考えている人だから。
  自分がこういう人になれるかは分からないけど、ちょっとでも見習いたいです。

● 「無名の人」を観ているときに最初は「石井筆子さんってかわいそうだな」と思っていました。
  辛いことがたくさんあって、大変そうだったからです。
  私が石井筆子さんだったら、乗り切れないことがたくさんあると思います。
  体に障害がある子と付き合っていくのは大変な時だってあるのに石井筆子さんはその子達の
  気持ちを考えて、救ってあげていました。
  写真でみたその子達の顔は輝いていたので本当に石井筆子さんってすごい人だったんだなと
  思います。
  とてもつらい事を乗り越えてきた石井筆子さんは可哀想なんかじゃなくて強い人だったんです。
  最後の方を観ながらそう思いました。
  それにしても、そういう有名な人を知らなかったなんて、大村人、女として少し恥ずかしい気持ちが
  します。「無名の人」の最初の方にでてきた石井筆子さんが書いていた文章に男も女も平等だ…
  という意味の文が書かれていました。
  昔は男の人が強かった時代だったのに、女の人たちのこともすごく考えてくれていて、女として
  嬉しかったです。今日は、石井筆子さんという人を知ることができて良かったです。


● 私が石井筆子さんの行動で一番感動したところは、火事になったとき、自分もケガしてまで
  子供たちを助けだそうとした所です。
  火事になったら普通の人はきっと自分のことで精一杯で、助け出す勇気は簡単には出ないと
  思います。あと、知的障害をもった子供たちと接するのは、自分の3人の子供を思い出して
  きっと辛かったんじゃないかなと思いました。
  全部うまくいくわけじゃなく、いろんな困難を乗り越えていく筆子さんの勇気や強さ、あきらめない
  心を見習いたいなと思いました。
  それと、自分の決意を揺らがせることもなく、決めたことを最後までやり通す所を周囲の人たちに
  よく思われなかったとしても、こうして人々のために生きた筆子さんは、本当に素晴らしい人だなと
  思いました。


● まず驚いたのは、大村にも歴史に残るほど立派な人がいたということです。
  私は戦争の被害にあった人や不幸なことを数々経験した人の資料などを見ると「かわいそう」と
  同情する気持ちがでてきてしまいます。
  でも今回の映画ではそういう気持ちが全くと言っていいほど出ませんでした。
  私は、その理由を考えて浮かんだことが1つあります。
  それは、筆子さんが見せてくれた『女の人の強さ』です。私は普段不自由さを感じることはほとんど
  ありません。でも筆子さんは、だんなさん、3人の娘、親友と大切な人がどんどん自分の目の前から
  消えていってしまいました。
  世の中でもよく口にされる言葉で「人間1人では生きていけない」という言葉があります。
  筆子さんは生涯の全てを“教育”に捧げていて、障害をもった子も含め、たくさんの子供たちや
  教育関係者と共にいまししたが、思い返してみると筆子さんと血の繋がった一生を共に生きると
  約束した人など『家族』と言える人は居なかったのではないかと思います。
  映画の途中でもありましたが、自分の家族がいなくなっても決して後ろを振り向かず、立ち止まらず
  前だけをみてみんなに尽くしてきたのはとても立派だと思います。
  この部分は今回の映画鑑賞を観て一番強く感じた所でした。
  上流家庭の娘として育った筆子さんが一番下の暮らしの中へ飛び込んでいくのはとても勇気が
  必要なことだし、半端な覚悟じゃいけません。そのくらい筆子さんの想いが強かったんだと思うと、
  私も日々の生活を見直し、影の存在でもいいので誰かに感謝される人になりたいです。


● 石井筆子さんはとてもすごい人だなと思いました。
  なぜかというと、女の人の生き方ついて考えてその時代の常識にも反発して、自分の意見を
  主張しているからすごいなと思いました。
  しかも、知的障害の子供にも優しくいろんな事を教えていて、とてもいい人だなと思いました。
  学校まで作り、自分のお金(?)を使ったりしたのはすごく感動しました。
  しかし、その学校も全焼して生徒が6人も焼死したのはとてもかわいそうでした。
  筆子さんも足を怪我してかわいそうとも思ったけど、自分の生徒を助けるために火の粉が飛んで
  いる中に自ら入っていくのはとても素晴らしい人だなとも思いました。
  こんな悲しいことがあったのに、更に大黒柱の夫が亡くなってしまいました。
  それなのにやっぱり筆子さんは夫がいなくなっても頑張っていました。
  えらいなと思いました。こんなに人のために自分の生涯が終わるまで頑張っていたのは
  すごい人だ、とても素晴らしい人だとも思いました。
  今の時代は、昔ほどないと思いますが、差別などがあると思います。
  だから僕は、障害者には差別なく安全に暮らしてもらいたいのと、この石井筆子さんのような
  人が一人でも多くいてくれたらなと、心から思います。


● 私は最初、石井筆子、津田梅子について海外留学をした人ということしか知りませんでした。
  今日、「無名の人」を観て石井筆子のことをたくさん知ることができました。
  筆子は当時、女性にあまり権力がないにも関わらず自ら積極的に勉学に励んでいた。
  もし、私が石井筆子と同じ時代に生まれていても筆子のようにはできなかったと思います。
  津田梅子は海外で11年間も勉強をしたのに男性と同じような良い職につけなかったり、
  勉強がいかせないことに不安を感じたりしていました。
  これがもし今の時代だったとしたら、本人の努力次第でとても良い職につけるはずです。
  しかし、今そんな風に女性も男性と同等の地位にあるのは、この時代に石井筆子をはじめとする
  女性たちが努力をして認めてもらえた結果だと思います。
  だから私は、その努力を無駄にしないよう石井筆子たちに感謝して女性にしかできないことを
  これからたくさんやってみたいなと思いました。


● 私は石井筆子さんの生き方にすごく感動しました。
  石井さんは自分にささげる人生じゃなくて人にささげれる所にすごく感動しました。
  「知的障害」この言葉だけじゃどんな病気かわからないし、実際にみたこともありません。
  ひとついえることは、同じ人間であること。
  石井さんや津田さんは、人を見た目で決める人じゃなくて、中身で決める本当の人間だなと
  私は思いました。いろんな人に優しく接する人になりたいと思いました。
  お金持ちからみんなに差別される立場になって、たぶんいろんなことを学んだことだと思います。
  いろんな立場に立ったんだからこそ、心が優しい人になれたんだと思います。
  今日の映画を観て、人は自分中心になりがちだけど、その中でも人のために自分の人生を
  注いでいる人もいることがわかりました。
  お金でいろいろ解決できる世の中だけど、心で解決できる世の中になればいいなと思いました。


● 今日私は、映画を観て改めて思ったのは、学習っていうのはとっても大切だし、人生は自分で
  決めて行動するものだということです。
  私は大村にそんな有名な人がいたなんて思いもしてなくてびっくりしました。
  ただ、人のために素敵なことをしていたのに自分の身のまわりの人が次々と死んでいくなんて
  とっても悲しい運命を辿ってきたんだなと思いました。
  そんな石井筆子さんは、なんか可哀想だけど立派に見えます。
  なぜなら自分だけ幸せでいいという考えじゃなく、人に幸せになってもらうために人生を捧げて
  きたことがすごいと思うからです。そして、この映画を通して学習をもっと大切にすること。
  やりたくてもやれない人がいる中で私は何不自由なく、学習ができていることを幸せに思うこと。
  そして、身のまわりの人にもっと感謝すること。私はとくに親に迷惑ばっかかけて何もして
  あげれてないということが改めて分かった気がします。
  もっとしてもらったことがあるなら必ず返さなきゃいけないから、もっと、もっと、普段から感謝の
  行動を出さないといけないと思いました。
  この映画を観て学べたことはいっぱいあったから、それをこれからの生活に活かして、人生を
  悔いの残らないものにしたいです。


● 当時の日本の女性に対するあつかいが今と比べてどれほどのものかがよく分かりました。
  女性は男性の付属品だとか、結婚しなければ一人前にならないとか、あげくの果てには、
  親までも娘が15〜16歳になると処分したがるなど、ほとんど物あつかいで、途中「なぜ、
  こうなんだろう?」と思う点だらけでした。
  それが、筆子さんたちのおかげで今の女性の地位が築けたというのは素晴らしいことだと
  思います。映画の中で筆子さんが書いた日記が出てきたけど、その字は私と同じ14歳なのに
  すべて英語で、しかもとてもきれいな字でした。
  それを見て筆子さんがいかに優れた人かが分かったし、今の男性よりもよっぽど賢いのでは
  ないかと思いました。
  筆子さんは結婚して、娘ができ、そのうち一人が障害をもつ子供でした。
  でも、それからめげずに福祉施設を建て、夫と共に学園を営み、またその学園が火事になるなど
  大変な出来事にも立ち向かっていった。本当にすごい人だと思います。
  今の女性の地位は彼女の頑張りによるものだと知っておけて良かったです。


● 初めて大村市に石井筆子さんのようなすごい人が住んでいて驚きました。
  なぜ、私は筆子さんのことをすごいと思うかというと筆子さんの生き方に感動したからです。
  日本ではじめて建てた福祉施設「滝乃川学園」これを建てたことで、多くの人々を助けたと
  私は思います。もし、滝乃川学園を建てていなかったら、今の大村市に障害の人が安心して
  入れる施設があるでしょうか。
  結婚して3人の娘をもった筆子さんは幸せだったと思います。しかし、1人の子が知能に障害を
  もち、早くにして幸子さん、恵子さん、貞子さんの3人の娘を亡くしてしまいました。
  だけど筆子さんは落ち込みながらも仕事する。そんな筆子さんを心から尊敬しました。
  私も筆子さんのように同等の意見をもち、区別しない強い人になれたらいいと思いました。


● 私が「無名の人」の映画を観て、今私たちが住んでいる大村に昔、石井筆子さんという人が
  いたことをはじめて知りました。
  石井筆子さんは大村の玖島出身で、これまでの“女性は男性より劣っている”という考え方で
  なく、“女性と男性は平等である”という考えを早くからもってた人です。
  また、知的障害者のための施設を作り自分の人生の最後まで知的障害者の人々のために
  力を尽くした人でもあるそうです。
  私がこれを観て感動したことは、自分の子供が早くから亡くなってしまったり、夫や親友の
  津田梅子さんが亡くなっても一生懸命自分のことはほっておいてまで障害者の人のため、
  自分以外の人のために働いていたことです。
  もしも私なら大切な人が亡くなってしまったら、すごく悲しくて人のために働くことはできないだろう
  なと思います。この映画を観て、私も筆子さんみたいに、人に尽くせて優しく(力強い)女性に
  なりたいです。


● 大村にこんな人がいたとは全く知らなかった。
  しかも、日本で最初の女性の留学生というので更に驚いた。
  この石井筆子というひとは、女は下に見られる、ということを“現実なので仕方ない”で終わらせず
  その常識をひっくり返すために頑張っていました。これはすごいと思いました。
  しかもそれだけでなく、自分の子供が2人死んで、一人は知的障害者だったり、夫がすぐに
  亡くなったりとか様々な不幸に襲われながらも、決してくじけずに必死に生きてきたことを
  これもすごいと思います。
  そして、知的障害者のために施設を作り、残りの人生を知的障害者の人たちのために捧げて
  生き抜いたこの人は是非、教科書とかに載せてもらいたいです。


● 私は、この映画で初めて石井筆子さんを知りました。
  石井筆子さんは名前はあまり知られていないけど、女子教育や障害者教育において活躍
  された方で、このような人が自分たちの住んでいる大村の出身でとてもおどろきました。
  私は石井筆子さんはとても行動力のある人だと思いました。
  若い頃に上京したり、海外に留学したりしてとてもすごいと思いました。
  今の時代は留学する人も多くそこまで珍しくはなくなってきたけど、その当時に留学すると
  いうのは大変なことだったと思います。
  また、3人のうち2人は亡くなり、もう1人は知的障害というなかでとても苦労されていました。
  でも、そんなことに負けず、夫の建てた障害者の学園を守り、途中火災にあいながらも
  前向きに懸命に生きていて本当にすごい人だと思いました。
  今、私が学校で当たり前のように勉強できているのも、石井筆子さんがいてくれたおかげ
  なのかもしれないと思いました。


【3年生】


● 私はこの映画を鑑賞して初めて“石井筆子”さんのことを知りました。
  周りの津田梅子さんなどは歴史の授業で勉強したので知っていましたが、石井筆子さんについては
  全く知識はありませんでした。
  映画を観ている中で気づいたことは、この人がいなければ私たち、または障害者の方々たちの
  居場所は無かっただろうということです。
  石井筆子さんが立ち上がらなければ、私はこの場所で勉強していなし、障害者の方もただじっと
  差別に耐えていかなければならなかったと思います。
  私は、石井筆子さんはしっかりと自分の芯をしっかり持ち、人のために何かができる人間になりたい
  と思いました。


● 僕はこの映画を観たことで石井筆子さんの考えを理解し、共感することができたと思います。
  まず心を引かれたのは戦前の男尊女卑の時代に男女同権を訴えたことです。
  これは、同じく男女同権をうったえた平塚らいてうより10年も前のことというのもあってすごいと
  感じました。
  さらにその後、知的障害者の教育を目的とした滝乃川学園を創立し、障害者の教育にその
  生涯を捧げています。
  このことから筆子は自分の信念を最後まで貫き通したことがわかります。
  こういう人こそ今の世代に必要であり、また自分自身もそのような人間になることを目標に
  すべきだと思います。
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