福岡市内の高校での上映
● ハンセン病と聞いてどんな病気か分からないし、どんな風になるのか分からなかった
けど今日の映画を観て少しわかった気がする。ハンセン病患者がどんな辛い目に
あっていたか分かった気がする。うつる可能性もかなり低いのに別の島に移住させ
たりして家族から離されて名前も変えられて本当に最悪だと思いました。
特に実名を伏せて違う名前を名乗らなければならないのが一番辛いことだろうな
と思いました。自分だったらそんなことがない時に生まれたせいかもしれないけど、
そんなことがあったら絶対に嫌だと思うし、他の名前で呼ばれたくないと思う。
この映画で日本がしてきたことは、最悪だと思った。
<1年生 男子>
● 私は今日ハンセン病についての映画を観て、自分がハンセン病のことについて何も
知らなかったことに気づきました。中学のころからハンセン病についての資料を
見ながら先生が詳しく説明してくれていたけど授業がなくて良かったとかそんな関係
ないと思っていて真剣にハンセン病について考えていませんでした。
今日この映画を観て自分なりに勉強してみようと思いました。今はハンセン病だから
といって隔離することはないけれど偏見などはまだなくならないようです。
私は、自分よりも劣るから自分とは違うからと思う人がいるから差別や偏見が
なくならないのだと思います。これからの時代を生きる私達が考え方を改めようと
努力しなければならないと思いました。
<1年生 女子>
● ハンセン病についての映画を観たのは多分初めてだと思う。中学生の時はハンセン
病についての話なんて私が聞いた中では言葉は聞いたことあったかもしれないが
映画なんて観たことなかったし、詳しい話しは聞いた事なかったと思う。
わたしは、ハンセン病になった人達に対して白い目で見ていたと思うし可哀相だと
思っていた。白い目で見ることはいけないことだと分かっているけどしらずしらずに
見てしまっている。でも、自分で意識して見ないようにしたい。ハンセン病の人達に
可哀相だと思うことはその人達に失礼なことだと今日映画を観て思った。
私は今日ハンセン病の映画を観る事ができて良かったと思う。
<1年生 女子>
● 今日の映画で一番印象に残っているのがお葬式ら辺でした。大丈夫だと分かった
今の時代でも家族の元にお骨が帰らないことが悲しいと思った。しかも、本当に死ぬ
まで本名を名乗れないのは絶対におかしいと思った。
それはやっぱり本名を名乗ると家族などが差別されるからだと思うけど、自分が
親から初めてもらったものを勝手な勘違いのために捨てなければならない。
しかも、それを元に戻すことが出来ないのが悲しい。こういう日本の悲しい歴史を
学んだ後いつも思うのが、今を平凡に生きている私にできることといえばこんな
出来事についての自分の考えを忘れないように心に留めておくことだと思う。
<1年生 女子>
● 始めにハンセン病の人達の顔(手や足など)を観たとき正直「うわっ」って思って
しまいました。……
しかし、映画を観ていくと自分が「うわっ」って思ったことが恥ずかしくなりました。
私がもしハンセン病になり隔離されたら――――家族にも会えず、大好きな人にも
会えず…自分の本当の名前さえも消える…。考えただけでも辛く胸がズキズキします。
私が塔さんの詩の中で一番すきなのは「花」です!それと…「手の上にのせて」です。
全て心に染みる詩でした。
<1年生 女子>
● 今日の映画に出演されていた元ハンセン病患者の方々がとても前向きに行きようと
しているのをみて、とても感動した。それと同時に、今まで日本政府がどうして
科学的根拠がなくなってからも隔離政策を続けてきたのだろうかと思った。
元患者の方々の必死に生きようと努力する意思を削ぐような隔離政策とそれに伴う
それに伴う療養所内での患者を知って言葉を失った。しかもそれがごく最近まで
法の下で平気で行われていたのが信じ難いことだと思った。
名前も変えられ、強制的に小さな離島に連行されて、一生のほとんどをただ死を
待つような生き方をするのは想像できないほど辛いことのはずにも関わらず
法律と差別に立ち向かっている姿を見て感動した。
<3年生 男子>
● 出口の見えない長い、長いトンネルを彼ら元ハンセン病者は歩いていたのだろう。
私が、ハンセン病を知ったのは小学校の高学年頃だった。
ドキュメンタリー番組を母と一緒に見ている時だった。当時私はハンセン病は怖い
ものだという認識しかなかった。
中学・高校へと進むにつれて、ハンセン病の病状や差別を拡大させたらい予防法
など、歴史の背景を知っていた。その過程で自分自身が差別意識を持っていること
に気づいた。自分のことがとても恥ずかしくなり、同時にハンセン病者の苦しみを
考えさせられた。慣れ親しんだ家族や友人から切り離されることはどれほど苦しく
寂しかっただろうか。96年までらい予防法は施行されていた。この事実を私達は重く
考える必要がある。私達が楽しく、自由に暮らしていた一方で、苦しく辛い日々を
過ごしていた人がいる。裁判での勝訴は遅すぎるものであったと私は思っている。
数十年間苦しんだ代償としては簡単すぎるものだと思う。しかし、やっと彼らは
光をあび、長い、長いトンネルを出ることが出来たということは事実である。
これからも未来に語り継がなければならない事件の一つであると私は思っている。
<3年生 女子>
● 私はハンセン病についてあまり知らなかった。どういった病気でそれによって
苦しんだ人達がどれだけいるか。今日映画を観て実際の症状を目の当たりにし、
私は痛々しく思い、目を細めてしまった。そうして観て聞いていくうちにハンセン病を
発症した方々はその病気にはもちろん、何より家族との絆を断たれたことに
苦しんできたのだと思った。そして、周りの人達の偏見と差別にあってどんなに
苦しんだか。怒りやあるいは憎しみを抱えたか。私には想像できない。
人の命の重さ、人生は貴重でかけがえのない大切なものなのに何故あんな簡単に
奪えるのか…何故だ!?と私の中で叫ばずにはいられなかった。
その時ふっと考えた。あの時代に私が生まれていたら同じように何故?と疑問を
持ち、差別・偏見を非難出来ただろうか。周りに流されはしないだろうか。それを
考えるけど答えは出ない。ただ、今の『私』は差別を憎み、思いやりを持ちたいと
思っている。塔和子さんの素晴らしい詩をこの胸に刻んで。
<3年生 女子>
● 私は今日の映画を観て、差別というものは本当に恐いなと思いました。
ハンセン病は感染しにくいにもかかわらずまるで犯罪者でも扱うように島に隔離し、
名前まで奪ってしまうなんて絶対におかしいはずなのに、法が正されるのに60年近く
かかるなんて、本当に恐ろしいなと思いました。今でこそ、法が変わったにもかかわらず
多くの人がそのまま島に住んで一生を終えるしかないなんて本当にひどいと
思いました。映画の中で塔さんの作った詩が何個も紹介されていましたが、言葉
一つ一つに重みがあってすごいなと思いました。
<3年生 女子> ● 『風の舞〜闇を拓く光の詩〜』を観て、ハンセン病がどんなものなのかそして、
その患者の方々がどのような歴史を辿ってきたのかを知ることができました。
映画を観る前に先生が「目をそらしたくなるかもしれない」と言っていたように
患者の方々の顔や手は変形していました。しかし、目をそむける訳にはいかない
んだと思いました。ハンセン病患者の方々は、その容姿で周囲から差別され、
国からは法によって隔離され、また厳しい労働までも強いられたのです。彼らは
心身ともに傷つけられ、真っ暗な闇の中につき落とされていったのです。家族と
一緒に暮らすことも許されず、死ぬときにおくるのは同じ患者の仲間達。遺骨は
故郷に帰ることさえ出来ない。その苦しみ、悲しみ、怒りはどんなに深く辛いもの
であったか、計り知れません。そんな中で差別に負けず詩を書きつづけた塔さんは
強いなと思いました。彼女からは命の尊さや生きる勇気を教えられました。
<3年生 女子>
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